感謝の気持ちを言葉にする
2004年2月14日~4月19日まで、横浜で木下大サーカスの公演がありました。みなとみらい線開通の記念イベントで、横浜での公演は8年ぶりとのことでした。
この初日、親子3人で、木下大サーカスを観に出かけました。1回目の初演は満員で入れず、その日2回目の公演を観ました。親子3人とも、サーカス初体験です。薄暗いテントの中に入り、席に座ると、なんだか少し緊張しました。
オープニング。
華やかなライトの中、踊り子たちがステージに舞い、頭上では空中ブランコ乗りが何度もクルクル回転しています。観客席から湧き起こる拍手。ワクワクしました。
そして、数々の演技。
何段も積んだ椅子の上での逆立ち、ゾウやトラの2足歩行、目隠ししたままの空中ブランコ、丸いサークルの中をグルグル駆け回る2台のバイク…などなど。派手なアクションや、CGでの合成画像に比べれば、シンプルな動作に映るかもしれません。しかし、演技する“人間の肉体”から放出される気迫。演技者のわずかな手の震えや、頭上から垂れ下がるロープの揺れは、間近で観ていて生々しく、生身の迫力に圧倒されました。
そして、今回初めてサーカスを生で観て知ったことは、演技者以外のスタッフたちが陰になり日なたになり、舞台を支えているということです。演技と演技の間に、猛獣ショーの檻を組み立てたり、演技者に万が一の事態が起きたときのために傍でスタンバイしていたり。
そんなスタッフたちのことも、人から聞けば「ああ、そう。そうでしょうね。みんなで支えているんでしょうね」と、あっさり納得したことでしょう。どんな仕事でもそうだ。表舞台に立つ者だけが偉いんじゃない、と。
しかし、サーカスという場所でそれを目の当たりにした私は、深く感動しました。夢の舞台には、危険がつきものです。頭上から数メートル高い空中での演技中、失敗があったら?大きなドームテントの天井すれすれまで高く上がるその身体が、何かのはずみで落下したら?ライオンやトラが突然、牙をむき出して演技者に襲いかかったら?何頭ものトラたちが凶暴に荒れ狂って檻に体当たりしてきたら?その時、檻の留め金が一部ゆるんでいたら?話として聞くだけではわからない臨場感を味わったからこそ実感できる、深い深い感銘がありました。
「失敗は新人の特権」とか「失敗しながら仕事を覚える」とか「失敗のない人間はいない」などという言葉をよく聞きます。そして、そんな言葉で自分や誰かを慰めたこともあります。
しかし、一つの小さなミスも許されない世界が、サーカスにはあったのでした。サーカスでのミスは、大きな事故につながり、人命も落としかねません。きびきびと動く全てのスタッフの方々に、“プロ”というのはどんなものかを見せていただいたと思いました。
家に帰ってから、木下大サーカスのホームページ経由で、メールを送信しました。その日の思いを伝えたかったのです。私も、妻も、4歳の息子も、それぞれ何かを感じました。
心から、ありがとうと言いたかったのです。
3日後、お礼の返信が届きました。私たちのメールをしっかり読んでくれたことが一目瞭然の内容で、とても心のこもった文章でした。わざわざ返信をもらえるとは思っていなかったので、とても驚き、感激しました(全てのファンメールに返事が来るかはわかりません)。このやりとりのコピーや、今回の公演に関する新聞記事は、アルバムに保存しました。
独身時代に買ったビデオに、フェデリコ・フェリーニ監督の「LA STRADA 〈道〉」という映画があります。1954年のイタリア映画です。有名なので、ご存知の方も多いでしょう。一言で言ってしまうと、旅芸人の話なのですが…(内容を語ると長くなるので、興味のある方はぜひ一度ご覧になってください)。
木下大サーカスを観て、ちょっとだけこの映画を思い出しました。そして、いろんなことを勝手にあれこれ考えたりもしました。どうして、仕事に“サーカス”を選んだのだろう。華やかなライトの中でにっこり笑って演技をする人たちも、いろんな思いや状況を抱えているんだろうなあ…でもそんなもの見せずに演技に集中しているんだから(というか、集中できなかったら事故っちゃう!)すごいよなあ、こういうのをプロ根性っていうんだろうなあ…とか。
前職の会社員時代の話ですが、お客様まのなかには、営業担当者に直接、納品した商品(苗木)についての感謝の気持ちを言ってくれる方もいらっしゃいました。苗木は、生き物ですから、注文者の希望通りのものを生産できるとは限りません。苗木次第で収穫にも影響しますので、お客様の希望通りの商品を納品できた場合は、それだけお客様の喜びも大きいのです。
こうした感謝の声について、私は、できる限り、営業担当者に文書にしてもらうようにしました。なぜ、文書にしてもらったのか? というと、生産現場に伝えるためです。それまで、生産現場へ伝えるお客様の話は、クレーム関連がほとんどでしたが、クレームだけでなく感謝の声についても生産現場に伝えることで、生産現場の方にとって、とってもいい刺激になったようでした。
余談ですが、木下大サーカスの今回の公演を記念して、サーカスの絵画コンテストというのがありました。第1回〆切に、息子の絵を出してみたところ、幼児の部で、なんと「横浜高島屋賞」をいただいてしまいました。1,650作品が集まった中、幼児の部、小学生の部、一般の部で、大賞が各部1名、その他4種の賞が数名ずつ、入賞50名(ちなみに高島屋賞は、幼児の部10名)だったのですから、我が家にとってはすごいことでした。
本当に、心に残るサーカス初体験となりました。