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おばあちゃんの庭

現在、妻の実家から徒歩10分ほどのところに住んでいる。

実家の庭は、妻の祖母が花木を眺めて楽しんでいたのだが、85歳になる祖母は数年前から足腰がすっかり弱くなり、庭の手入れができなくなってしまった。何年もの間、庭は草ぼうぼう。花も咲かない花壇には、ヒョロヒョロとのびたツツジやアジサイの老木が葉だけを茂らせていた。誰も足を踏み入れなくなってしまった庭。小さなジャングル。夏は、蚊のパラダイスと成り果て、ますます人の足は遠くなる……。

夏が過ぎ、蚊の数が減ってきた頃、妻が言った。

花壇を作り直したいの。あなた、手伝ってくれるわよね?」

おばあちゃんのためだ。うなずくしかない。

11月の始めに実行しようと、決めた。妻の母に子供の相手を頼み、妻と二人で軍手をはめて、庭に出た。まず、花壇の土を掘り起こした。何年もの間、全く手入れをされていなかった土は、ガチガチに固まっていた。ツツジやクチナシなど、木の根が地中で暴れ放題。スコップに全体重をかけて乗っても、土はガチガチのまま、ほぐれない。作業は、予想以上に困難だった。

植物がだめになるのを覚悟で、クワで根をぶった切りながら、作業を進めるしかなかった。病気が入っている植物もたくさんあった。かわいそうだが、処分するしかなかった。昼食を取る時間も惜しみ、妻と二人、夢中で土を掘り起こした。そして約5時間後、花壇から全ての植物が撤去された。処分する枝葉を束ね、庭の隅にまとめると、小さな花壇は広々と、すっきり見えた。

気が付くと、妻の母が庭に差し入れてくれた熱い紅茶も、ほとんど口をつけないまま、すっかり冷たくなっていた。夕方、冷えてきた庭で飲む冷たい紅茶は、また格別だった。いよいよ花壇を花でいっぱいにできるぞ。そう思うと、寒さも苦にならなかった。

作業の前に買っておいた、色とりどりの花を、妻が手際良く花壇に植えていった。何日も前から、妻は花壇に何を植えるかあれこれ考え、紙に絵を描いてシミュレーションまでしていたので、植える手に迷いはなかった。

ウィンターコスモスなど、黄色い花が多い。うっそうと暗かった庭を眺めながら、妻は「おばあちゃんの庭が明るくなるように」と、花壇のメインカラーを黄色と決めていた。黄色だけでは単調になるので、ところどころにピンクや紫の花も加えられる。ビオラやシクラメンなど、季節の花も植えられた。

「あまり色をゴチャゴチャ使いたくない」と言っていた妻だが、おばあちゃんが大事にしていた赤いゼラニュームやガーベラも、もちろん花壇に植えられていた。色のパランスを考えながら、何度も絵を描き直していた妻の姿を思い出した。

妻の指示で、物干竿の台を、軒下に移動した。腰が曲がり、背が小さくなったので手が届かなくなったと、祖母が使わなくなった物だった。軒下の、庭に出入りするガラス戸近くに置くことで、家の中と地面との段差を利用し、家の中から祖母が背伸びすることなく洗濯物を干せるように考えられていた。

物干竿の台を動かしてくれと言われた時には「こんな重い物をどこに置く気なんだ。どうするつもりなんだ」と驚いたが、設置した後は、妻のアイデアにただ感心するだけだった。

たくさんの花が咲き並び、こざっぱりと生まれ変わった花壇。板の間にペタリと座り込み、花と物干竿を眺めて、嬉しそうに目を輝かせる祖母。庭を作り直してよかったと、しみじみ思った。私も長時間ぼんやり花壇に見入ってしまった。

この日、出かけていた妻の父は、ほろ酔いで帰宅後、花壇の完成を聞き、ますます上機嫌になった。「今度は裏の通路もきれいにしてくれ」と言われた時は、妻と思わず「またあの作業をするのか!?」と顔を見合わせたが、妻の母も「今度は玄関前にも花を植えたいの。何とかして」などと言い出す始末。

結局、「一杯飲みに連れて行ってやるから」という言葉につられ、「はい、わかりました」などと返事をしてしまったが……。春になり、植物が活発に新芽を吹き出す前が、チャンスだ。春になれば、裏の通路も、また草ぼうぼうになってしまうだろう。

バラの植え付け時期である冬には、おばあちゃんの庭につるバラも植えたいと、妻が言っている(近所に住むようになって、妻が手入れをしてやれるので、何でも植えたい放題になったのである)。

冬のガーデニングは、まだまだ続きそうだ。力仕事は全て、私が当てにされるので、筋肉痛が怖い。けれど、春になって花たちがいっそう華やかに咲き誇るのを想像すれば、「まあ、いっか。やってやろうじゃん」という気にもなる。来年の春は、おばあちゃんの庭で、お茶でも飲めるだろう。

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